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札幌高等裁判所 昭和25年(う)183号 判決

控訴人 被告人 赤垣規

弁護人 諸留嘉之助

検察官 樋口直吉関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人諸留嘉之助の控訴趣意は末尾添付の書面に記載した通りである。

控訴趣意(一)のうち山中フジ作成の始末書に関する点について按ずるに原審第五回公判調書によると検察官が証拠として右始末書の取調を請求し弁護人が之を証拠とすることに同意したので裁判官は証拠決定をなし取調べた旨の記載があるけれども被告人が同意した旨記載されて居ないことは所論のとおりである。然しながら、弁護人は被告人の意思に反しない限り特別の委任がなくても被告人のなし得る訴訟行為をなす包括的代理権があるのであるから、刑事訴訟法第三百二十六条所定の書面を証拠とすることの同意も亦被告人の意思に反しない限りは弁護人に於て之をなし得るのである。然るところ原審公判調書の記載によると弁護人が中山フジの始末書を証拠とすることに同意した際公判廷には被告人も出頭していながら不同意の意思は表明していないし其の他右同意が被告人の意思に反するような事情は全然見当らないのであるからこれは其の意思に反しない同意というべく従つて右始末書を証拠に引用したのは違法ではない。

次に司法警察員作成の被告人の供述を録取した第七回供述調書は任意性が疑わしいとの点について按ずるに被告人が昭和二十四年十二月十七日に二回、同月二十二日二回、二十三日二回夫々司法警察員の取調べを受け原判決が証拠に引用した第七回供述調書の内容は其の後の同月二十四日になされたものであることは、記録編綴の司法警察員作成に係る被告人の各供述調書の記載に徴し明かである。然し乍ら第六回迄の取調べは判示第一事実とは関係がない判示第二事実(第五、六回)及びそれ以外の被告人が原審相被告人及川良作等と共謀の上窃盗に赴いた途中警察官に発見せられた事案に関する取調べ(第一、二回)等の簡単なものであり、又記録中の逮捕状及び勾留状の記載によると被告人が逮捕せられたのは右取調べ後の同月二十六日、勾留せられたのは翌二十七日であつてこの事実と原審公判廷における証人笹岡武雄、同神田信江の各供述並びに原審第一回公判廷に於ける被告人の右供述が任意になされた旨の陳述によると司法警察員の取調に際し被告人を拘留して糺問し或は威圧を加えて恐怖せしめ自白を強要したというが如き事実は少しもなく、前記第七回供述調書に記載されて居る判示第一事実に関する自白を内容とする供述の如きは全く被告人が任意になしたものであることが認められるので其の任意性に疑いがあることを前提とする論旨は採用出来ない。

而して原判決が挙示した証拠を綜合すると判示第一事実は優に之を認めることが出来るから(一)の論旨は理由がない。

控訴趣意(二)について。

論旨の言わんとするところは結局原審が適法になした証拠の取捨選択を非難し延て事実の誤認があると主張するに帰するのであるが原判決には何等事実誤認はない。

以上の理由により刑事訴訟費用は同法第百八十一条第一項に則り全部被告人に負担させることにした。

それで主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹村義徹 判事 西田賢次郎 判事 河野力)

弁護人諸留嘉之助の控訴趣意

原審判決は刑事訴訟法第三百七十八条第四号に該当するから原審判決を破棄し更に相当の判決を求むるのでありまする。

(一) 原審判決に挙示した証拠

一、河原昌作成の盗難届と題する書面は盗難がありし事実の証拠で被告人が此の窃盗の犯人なりとの証拠とはならない。

一、証人笹岡武雄の公判廷に於ける供述は本窃盗犯事件の犯人が被告人であるとの証拠とはならない。

一、司法警察員作成の赤垣規の供述を録取した第七回供述調書は被告人を拘留して昭和二十四年十二月十七日同月二十三日同月二十二日同月二十四日の四日に亘り一日に二回宛糺問されるので被告人は其威圧に恐怖を感ずる様になり取調官より盗んだのであるだろうと被告人宅を家探して押収し来りたる物品を示して責問せられるので遂に云われる儘になつたのである。此の様な取調は一種の強制拷問と云うべきもので被告人が任意に自白したものでない事を疑うに足る事実があるから刑事訴訟法第三百十九条第一項に依り証拠とすることを許さざるものであるのに之れを証拠としたのは違法の判決である。

一、山中フジ作成の始末書と題する書面は刑事訴訟法第三百二十六条第一項に依り被告人の同意あれば証拠とすることが出来るけれども公判調書には弁護人が同意した記載はあるも被告人は同意して居らぬから是れを証拠としたのは違法の判決である。

(二) 本年一月二十一日第二回公判調書に被告人は本件窃盗を犯したのではなく第七回の供述は虚欺の陳述をしたので咋年九月二十日から同月末日までは自家に在宅し外出したことはない被告宅を警察官が家探がしして押収せられた品物は旭川市や自宅に売りに来た二十三四才の男から買取つたもので此の事実は実母ツルノ、妻笑子が知つて居ると陳述した。

検察官は(一)神田信江(二)赤垣ツルノ(三)赤垣笑子を証人として(一)を以て警察に於ける取調べの状況(二)(三)を以て被告人の不在証明が成立するかどうか証明する為め取調べを請求し裁判官は之れを次回に取調ると決定した。

(三) 同年二月一日第三回公判調書

検察官は裁判官に証人尋問を促がされ尋問した

証人赤垣ツルノは被告人の実母であること、被告人と同居し居ること、昨年十二月二十一日二十四日頃の二回家探しされたことそして第一回には衣類を僅か持つて行かれたこと第二回目には証人は留守中で判らぬ持つて行かれた物は被告人より買つて貰つた腰卷、靴下其外は笑子の物と思うと証言した

一、弁護人の尋問に対し九月の初頃被告人が自宅で人絹様なもので出来た靴下二足と麻シヤツの様に「ガツシリ」したシヤツ一点を買つた、売りに来た人は二十三四才の男で買つたシヤツは袖の短いランニンゲシヤツであること等を証言した。

一、検察官は証人赤垣笑子を尋問した

証人は警察官から昨年十二月二回家探しされて第一回に衣類四五点を持つて行かれ第二回目に十五六点持つて行かれたこと其衣類は自分が買うたものと被告人から買うて貰つたものであり自分が買つたものは靴下三足外黒いモンペと麻の開襟シヤツ男物黒の半ズボン各一点外は全部被告から買つて貰つたこれは昨年七月頃風連で買つた様に記憶する旨昨年九月初頃自宅で被告が半袖開襟シヤツ二点程買つたことは聞いたが不在中でくわしくは知らぬと

一、弁護人は在廷人山田商盛を証人として取調べを請求

裁判官は取調べると決定し尋問を促した

弁護人は証人に対し昨年九月末頃赤平町の赤垣の家に行つたことがあるか 答、あります私は名寄に居ましたが九月二十日名寄を出発同日赤平に着き規の家に泊りて二十七日までの間同家に滞在し二十八日に帰つた事があります此の時外泊したことはなかつたと証言した

一、右の如く被告人は昨年九月二十日から九月末日まで自宅に常住して外泊したことのないのは明白に立証されて居り被告宅より押収した衣類は既製品であつて別製品でないから衣類の既製品商店には陳列販売して居る物であるから是れを所持するの故を以て窃盗犯人と認むることは常識に反し違法であると思料しまする。

以上の如く原審が認めた証拠は本件犯罪を証明する理由とならぬので結局刑事訴訟法第三百七十八条第四号に該当するのであるから原判決を破棄し更に相当の判決を求むるのであります。

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